
研究紹介
いくつかの研究についてアウトリーチを兼ねて、(長いですが、できる範囲で)簡潔に内容を紹介します。可能な範囲で追加もしていこうと思います。
研究論文のリストはホームページをご覧ください。
Estimating the impact of Pay-As-You-Throw program on waste reduction: Using MTE analysis
「有料ゴミ袋の導入でゴミが減るのか」をゴミ袋導入の自己選択や事業系ゴミへの影響も考慮して分析
この研究は日本の市町村で導入されてきた家庭ゴミの有料ゴミ袋導入の効果を導入の自己選択や事業系ゴミへの影響を考慮しつつ推定した研究です。山梨英和大学の野村魁さん・青山学院大学の加藤大貴さんとの共著で、SSRNのワーキングペーパーとしてLINKで公開中です。
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日本では様々な市町村で2000年代以降、清掃工場の建替えに関連した費用の捻出やゴミ量の減少の必要性、自治体の財政状況悪化などを背景に家庭ゴミの有料化が導入されてきました。家庭ゴミが有料化されると、住民が分別をして有料化の対象外である(または料金の安い)資源ごみを増やしたり、そもそものゴミを減らすということが予想されます。しかし、コンビニ・サービスエリア・学校などの施設に家庭ゴミを持ち込んで捨てるという行為も予想されるため、全体のゴミが減るかどうかはよくわからない部分も多いです。
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そこでこの研究では、ゴミの有料化でゴミが減り、リサイクルが促進されるのかについて調べました。実はこのような研究はすでに数多くあるのですが、①「(効果を見込んで)実際に有料化を導入した地域での有料化の効果」しか分析できていないという自己選択の問題と②家庭ゴミのみに着目して、コンビニなどから出る事業系ゴミやゴミ全体への効果が見られていないという問題がありました。そのため、この研究ではこれらの問題に対処した分析を実施しました。
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まず①の自己選択の問題について解決するために、操作変数と呼ばれる変数を用いたMTE分析という分析を実施しました。操作変数とは自治体がゴミの有料化を導入するかどうかのみには影響するけども、ゴミの量自体には影響しないという変数で、この研究では自治体の財政状況を操作変数に用いました。自治体の財政状況が悪いとその自治体はゴミの有料化をしようと考えそうですが、ゴミを排出する住民は自治体の財政状況が悪いからといってゴミの量を減らすとは考えにくいからです。MTE分析ではこの操作変数を使うことで、「実際には有料化を導入していない地域での有料化の効果」なども分析することができます。
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このMTE分析の結果、家庭ゴミの有料化は平均的には有料化の対象となる家庭ゴミを削減し、リサイクルを促進するとわかった一方、有料化を導入していない地域に有料化を導入してもリサイクルの促進効果はあまり見込まれないということがわかりました。これは有料化の効果はそれぞれの自治体によってまちまちで、有料化をしたくない自治体に無理やり有料化を導入しても効果が見込めないことを意味しています。
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さらにこの研究では②の問題に対応し、有料化がコンビニなどから出る事業系ゴミやゴミ全体へどのような効果を持つかについてもしらべました。すると驚くべきことに、家庭ゴミを有料化した市町村では事業系ゴミが増え、家庭ゴミの削減分の効果と相殺された結果、市町村全体のゴミ量はあまり変化しないという結果が得られました。他方で、家庭ゴミのなかでリサイクルは増加したという結果が得られているので、これらをまとめると、ゴミの有料化の効果は全体のゴミ削減にあるのではなく、導入地域でのリサイクルの促進にあると新たにわかったのがこの研究の結果になります。
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先行研究では家庭ゴミ有料化を導入した地域で有料化が家庭ゴミを減らすということまでは明らかにしていたので、本研究の結果は先行研究とは矛盾しないものの、新たにゴミ有料化を導入していない地域での効果や事業系ゴミも含めた地域のゴミ全体での効果を見ることで、ゴミの有料化に全体的なゴミ削減効果があると言えないのではないかとわかったのがこの研究の面白さなどだと考えています。
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日本を含む世界各国では先進国か途上国かにかかわらず地方自治体がゴミ収集業務を担っており、どの国でも地方の歳出の約5%以上を占めているといわれ、実際に日本でも市町村の歳出の約5%が清掃費(ゴミ収集業務)によるものです。(我々の生活に例えるなら散髪や化粧品に使う理美容への支出が消費支出の3%程度だそうです。) このようにゴミ収集業務は地方財政が担う基本的な業務の1つになっています。
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多くの市町村では家庭ゴミに比べ事業系ゴミの料金のほうが高いので、財政の観点からみれば、家庭ゴミの有料化によってゴミ処理手数料が増え、市町村が助かっていると考えられます。ただし、ゴミ箱を設置している事業者の負担は増していると言えるので家庭ゴミの有料化を導入する際はこうした点まで考慮することが必要です。
Wage Spillovers across Sectors: Evidence from a Localized Public-Sector Wage Cut
「公務員の賃金が下がると、民間賃金が下がるのか」を人口や社会厚生への影響等とともに分析
この研究は2000年代の日本の公務員制度改革と世代別の公民セクター間の労働移動の差を利用して、公務員の賃金が地域の民間賃金や社会厚生に与える影響を調べた研究です。プリンストン大学の山岸敦さんとの共著で、SSRNのワーキングペーパーとしてLINKで公開中です。
日本では1990年代以降、諸外国と比較して賃金水準が停滞しており、賃金水準を政策的にあげることが政策課題となっています。近年、最低賃金や医療機関での賃上げが他業種の賃上げに繋がることが明らかになっており、OECD平均で全雇用の18%を占める公務員セクターでの賃上げが民間セクターでの賃上げに結びつくのであれば、公務員賃金を政策的に賃上げを促す手段として考えることができるかもしれません。
そこで2006-2010年に行われた公務員改革により、地域ごとで公務員賃金が変化したことを利用して、公務員賃金が民間賃金に与える影響について調べました。この改革では、公務員のベース賃金が全国一律で4.8%減少した一方、物価水準の高い地域には新たに地域手当が支給されたため、地域手当支給地域では改革前と賃金がほとんど変わらない一方で、非支給地域では改革前に比べ公務員賃金が4.8%下がるという状況になりました。もし、地域手当非支給地域で改革後に民間賃金が下がっていれば、公務員賃金が下がった影響が反映されていると考えることができます。
また、公務員賃金から民間賃金への波及経路には「公務員賃金水準に負けないように民間企業が賃金水準を上げる」というような公民間の人材獲得競争のようなものが考えられますが、これは公民間で人材が流動的に移動している状況がなければ成立しません。日本の多くの公務員には30代までの入職制限があり、地方公務員の離職率が30-50代は20代の半分以下となっていることから、公民間の人材移動の流動性が20代以下では高い一方、30代以上では著しく低いことがわかります。そのため、公務員賃金から民間賃金への波及があるとすれば、20代以下の民間賃金で観察がされると考えられます。
2と3の内容を踏まえると、①公務員のベース賃金が下がった地域手当非支給地域における、②20代以下の民間企業従業員のみ、公務員賃金低下の影響を受けたと考えられるので、改革前後の①と②に当てはまる人たちに着目して調べれば、「公務員→民間」の因果効果を取り出せます。公務員のベース賃金は毎年、民間賃金を参照して決められるため、「民間→公務員」という逆の因果関係も気になるところですが、この逆の因果関係は①と②とは関係なくどの公務員・民間企業従業員にも適用されるものなので、①と②に当てはまる人の賃金のみに観察される変動は「民間→公務員」という逆の因果関係による影響を受けたとは考えづらいものになります。
本研究では、これらを踏まえ、公務員改革で1%の公務員賃金低下につき、民間賃金が約0.3%減少したことを明らかにしました。また、人口当たりの公務員比率が高い地域や20代以下の公務員の離職者を多く受け入れている産業ほど、この影響が大きいことも分析から明らかになりました。これらの結果は、公的セクターの規模や公民間の人材流動が、公務員賃金から民間賃金への波及効果に大きな影響を与えている可能性を示唆しています。
さらに、本研究では、公務員賃金の1%の減少がその地域の20代以下の人口を約0.4%減少させるということも明らかにしました。労働者にとって、賃金水準が低下した地域に比べて賃金水準が高い地域のほうが魅力的であることを考えると、この結果は公務員賃金が下がった地域の魅力度(=その地域で得られる効用)の低下を示唆しています。他にも、公務員賃金が減少した地域では、地価の減少や若年者の失業率増加も観察されたことから、公務員賃金の減少がその地域の経済に多方面での影響をもたらしたことがわかります。
この研究からは、公務員賃金の変化が民間賃金や若年者を中心として地域社会に大きな影響を与えることがわかりました。実際に、分析結果に基づいた試算からは、2006-2010年の公務員賃金の減少によって公務員賃金の減少額以上に民間賃金や地価の減少といった悪影響が出たことも明らかとなっています。そのため、これらを踏まえると、公務員賃金を一定程度上昇させることが、民間賃金の増加や地域社会の厚生増大に繋がると考えられます。
Tax-Price Elasticities of Charitable Giving and Selection of Declaration: Panel Study of South Korea
「寄付が税制上優遇されていても、寄付申告がなければ意味がない」ことに着目して寄付税制の効果を検証
この研究は2014年の韓国の寄付税制の改正を利用して、寄付の費用(寄付価格)の1%の減少に対してどれくらい寄付が増加するかを調べた研究です。一橋大学の加藤大貴さんと兵庫県立大学の金栄禄さんとの共著で、2025年にOxford Economics Paper誌に掲載されました。
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2013年以前の韓国の寄付税制は寄付申告額が課税所得から控除される所得控除方式を使っていた一方、2014年以降は寄付額の15%が所得税額から差し引かれるという税額控除方式になりました。所得税率が15%より高い人は所得控除方式のほうが得である一方、そうでない人は税額控除方式のほうが得になります。(この研究ではこの差を使ったDifference-in-difference(DID)分析を基本的には行います。)
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ただ、寄付を行っていても、寄付申告を行わず、税制上の寄付優遇を受けない人が現実には数多く存在します。(例えば、アメリカでは寄付全体の35%は寄付申告がされていないと推計されているそうです。) このような場合、税務データではそもそも申告された寄付しかデータとして収録されないので、寄付税制の優遇が寄付全体に与える効果は調べられません。
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また、「申告すれば寄付にかかる費用(寄付価格)が下がる」場合でも実際に申告をしなければ「実際の寄付にかかる費用(寄付価格)が下がった」とは言えません。そのため、寄付の税率変化と寄付額の関係をそのまま調べても、その結果は特定の寄付額の多い人が熱心に寄付申告をした(ないし、あまり寄付申告をしなかった)効果を捉えているだけになるかもしれません。
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寄付税制の研究は古くから多く存在するものの、上記の2や3の問題点は最近になってやっと着目されてきました。しかしそれらを認識した研究でもなお税務データが使用されるなど、限界が多くあります。
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本研究では、税務データではなく、家計調査データを使用することで、所得や寄付額、寄付申告の有無といったデータを得ることができました。ここから「申告すれば適用される寄付価格」と「実際に適用される寄付価格」の2つを算出し、「申告すれば適用される寄付価格」がそもそも低くなければ、「実際に適用される寄付価格」は低くなりようがないということを利用した操作変数法と呼ばれる分析手法で2.の問題点を考慮した分析を行うことを提案しています。
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こうしたことを勘案した分析の結果、「寄付価格の1%の減少に対して3.5%程度寄付が増える」という結果が得られ、従来考えられていた効果よりも寄付価格が減少することによる寄付増加への効果はかなり大きいことがわかりました。
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この研究で行われた議論は「申告すれば適用される課税額」と「実際の課税額」が異なるという税制の問題一般に応用できるものです。近年、法人税の研究などでもZwick(2021,AEJEP)などで税制上用意された税優遇策を納税者が完全に利用できていないことが指摘されており、この研究で提案された操作変数の推定方法が他の研究でも応用できるかもしれません。
Debt Issuance Incentives and Creative Accounting: Evidence from Municipal Mergers in Japan
「合併前に自治体が債務を増やしたくなる」ことに着目して会計操作が債務増加の誘因に起因することを検証
この研究は2000年代の日本の平成の大合併を利用して、政府の会計操作の原因について調べた研究です。みずほ証券の山本拳輝さん(大学院時代の後輩)との共著で、 2023年にJournal of the Japanese and International Economies誌に掲載されました。
ときどき政府が(合法的ではあるものの)あえて会計を分かりにくく見せる「会計操作」を行うことは長年の研究で知られてきていましたが、その原因については様々な見解があります。特に「債務が多いから会計操作をする」のか、「会計操作をすることで債務を増やす」のかについてはあまりよくわかっていませんでした。
そこで本研究では、自治体が合併前に債務を増やす誘因をもつという現象や「平成の合併の交渉時に会計操作をしたことがある」というある自治体の話から着想を得て、「会計操作が債務増加の誘因によって起こるか」について平成の合併に着目して分析しました。
大規模な自治体と小規模な自治体との合併では、小規模な自治体ほど先に債務を増やしておくことで債務負担を相手に負わせるという「フリーライダー行動」が世界中の自治体合併で観察されています。この際、小規模な自治体は相手に債務を負わせられますが、大規模な自治体は、相手が小さい分、債務負担を負わせにくいので、あまり債務を増やしません。
他方で、日本の合併のように自治体間の交渉で合併が決まる場合には、合併前の自分の自治体の債務増加が観察されてしまうと交渉での不利益や合併の破談など、自分にとって不利な状況になることが予想されます。そのため、2.の自治体の話のように、債務増加を狙う自治体は交渉中に会計操作をすることで財政状況を誤魔化せば、不利益を避けられる可能性が高まります。当時の日本には財政健全化法がなく、自治体の普通会計についての財政指標はあったものの特別会計についての指標があまりなかった(旧財政再建法)ので、普通会計の赤字を特別会計に付け替えることで、指標上は財務が健全であるように見せることが可能でした。
3.や4.の現象を踏まえると、債務増加の誘因が強いのは小規模な合併前自治体のみなので、大規模な合併前自治体や非合併自治体と比べて小規模な合併前自治体だけが会計操作をしているならば、「会計操作が債務増加の誘因」によっておこることがわかります。分析では普通会計と特別会計のお金の付け替えがどれくらい行われたかを調べ、大規模な合併前自治体や非合併自治体ではほとんど付け替えがなかったのに対し、小規模な合併前自治体では、合併直前に赤字の特別会計への付け替えが急速に進んだとわかりました。
この研究では、さらに①小規模な合併前自治体は他の自治体に比べて財政指標が一貫して良い状態だったこと、②会計操作によって得られた資金は一般会計で政治家の給与などに使われたのではなく、公共事業費として使用されたこと、などもわかりました。①の証拠は「もともと債務が多いから会計操作をする」という仮説の1つの反論になりえるものです。また、公共事業のほとんどは合併後にも利用できる施設設備につかわれることを考えると、②の証拠は「政治的な利益ではなく市民の利益のために会計操作が使われた可能性がある」ことを示唆するとも考えられます。これらのことから、この研究では、「政府の債務増加の誘因が会計操作に繋がる」ことや会計操作が市民の利益のために使われる可能性があることなどがわかりました。
この研究結果からは、債務増加の誘因がある政府を積極的にモニタリングすることで会計操作を防げる可能性が示唆されます。また、特別会計の不透明さがこの論文で着目した会計操作スキームを可能にしているので、財政状況の見える化も会計操作を防ぐには重要だと考えられます。